思い

熊本市動物愛護センターの挑戦…『ゼロ!』

第2話「黙ってひきとるのが、ここの仕事たい! 」

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『ゼロ!』 第2話  黙ってひきとるのが、ここの仕事たい!



 熊本市動物管理センター。
 そこは熊本市の中心地から車で30分ほどのところ。400年の歴史を誇る熊本城、西日本一の規模のアーケード街・サンロード新市街など、文化遺産やにぎやかな繁華街とは完全にきり離されたところだ。
 小さな丘のうえに建つのは、平屋の事務所と古びた管理棟がひとつ。そこには多くのペット動物がスペースの限界まで収容されていて、そして、さらに市内各地から犬や猫が毎日のように運ばれてくる。その動物の9割は、生きてここを出ることはない。
 ここは、そういう場所だ。


 受付が始まる午前9時を少しすぎたとき、1台の軽自動車がセンターの駐車場に入ってきた。エンジンを止めてせわしなく車から降りてきたのは、ジャージーの上着を羽織った初老の男性だった。
「引き取ってほしい犬がおるけん」
 受付窓口で女性職員の顔を見るなり、男は怒鳴るように言った。乱暴な口調に戸惑いながら職員が引き取りを希望する理由を訊ねると、その男はこの世にこれ以上不愉快なことはないという表情になった。
「人のことばぁ、咬みよった! こげん犬はウチに置くことはできんばい」
 圧倒されて言葉が出ない女性職員のもとに、騒ぎを聞きつけた係長の松崎正吉と獣医師の松本充史がやってきた。
「係長の松崎です。その犬は、今どうされとりますか?」
 松崎の柔らかい口調で、緊迫していた空気が少しだけやわらいだ。それにつられて男もわずかに興奮をしずめたけれど、すぐさま不快そうな顔をしながら答えた。
「車に乗せておるけん、今連れてくるわ」
 車の後部座席からひきずられるように出てきたのは、日本犬系ミックス種の中型犬だった。
「飼い主のいうことはナンも聞かん。とんでもない凶暴な犬よ!」
 男が鎖を持つ手に力をこめると、犬は引っ張られるまま歩いてきた。見知らぬ場所に連れてこられて不安なのだろう、尻尾はたれ下がったまま。オドオドとした表情であたりを見まわしている。
 それを見た松本は、思わず深いため息をついた。
 家族を咬んだというけれど、その原因はおそらく攻撃性ではなく恐怖心によるものだろう。この男や家族がどんな扱いをしているのか訊いてみると案の定、人間の都合だけをおしつけるばかりの、しつけとはおよそ程遠いことをくりかえしてきたようだ。犬の口は、人間の手と同じだ。「いや!」と言葉にできない犬は、咬むということで相手に気持ちを伝えるしか方法がない。
「これが凶暴な犬ですか?!」
 あまりに腹立たしくて嫌味のひとつも言いたくなる。しかし、男は松本の言葉にはまったく反応しなかった。そのかわりもう説明はじゅうぶんしたという顔で、早く引き取ってほしいとくりかえすばかりだった。
「こんなバカ犬はもういらん!」
「そんな、飼い犬が死んでもよかとですか?」
 なんとか松本が口を開くと、男は再び興奮し始めた。
「犬を引き取ってもらえればよか。あとのことは知らん! あんたたち、さっきから何をいっとっと? いらん犬がいれば黙って引き取る。それがここの仕事じゃなか?!」
 男の声は事務所の奥まで響いた。しかし、それに注目する職員は誰もいなかった。


 松崎正吉と松本充史が、ここ熊本市動物管理センターに異動してきて驚いたことのひとつ。それは飼い犬や飼い猫を引き取ってほしいという飼い主が、ひっきりなしにやってくることだった。
 窓口で飼い主たちは「もう飼えない」という。
 その理由は、急に引っ越さなければならない、引っ越し先で動物の飼育を禁止されている、吠え声や人を咬むなど近隣者とのトラブル、家族の誰もコントロールできない、動物が病気や高齢で世話ができない、子どものアレルギー、失業や倒産といった金銭的な問題などいろいろだ。
 これまで数年間、一緒に暮らしてきた動物たちのはずなのに、飼い主たちの多くは自分の出した結論にほとんど疑問を感じていない。それどころか、多くの人は「まあ、しかたがない」程度にしか考えていないのだった。
 春と秋の動物の出産シーズンは、あちこちで子猫や子犬が生まれる。そしてそれらの多くも、飼い主によって連れてこられる。
「気づいたら生まれていた」
 窓口にやってきた女性の手には、ティッシュケースほどの小さい箱があった。それを受けとった松崎が開けると、なかから子猫5~6匹があふれ出るようにとび出してきた。生後2~3日だろうか、まだ目も開いていなくてミュウミュウと弱々しい鳴き声をあげている。
「毎年生まれるのよ。かわいそうだけど、ウチでは世話できんから」
 その言葉を聞いて、松崎は背筋が寒くなった。
 この人は、こんなことを何度もくりかえしているのか。小さな命をまるでぬいぐるみでも扱うように狭い箱に詰めこむ神経は、別世界の住人としか思えなかった。
 窓口に来る人々は「かわいそう」と「しかたない」を実に気軽に口にする。
 本当にかわいそうだと思うのなら、子猫が生まれないように飼い猫を管理してほしい。新しい飼い主をさがしてほしい。しかし、そんな松崎の言葉は、彼らの耳をただ素通りしていくだけだった。
 世話ができない犬猫がいても、ここに連れてくれば万事解決。
 この施設を訪れる多くの飼い主は、そう思っていた。でも、それはまったくの的外れなことではなかった。
 この国には動物愛護管理法というものがある。
 これは犬猫をはじめとするペット動物、牛馬などの産業動物、そのほか人が占有する哺乳類や鳥類、爬虫類などの動物の扱いに関する法律だ。
 その第35条では〈都道府県等で犬やねこの引き取りをその所有者から求められたときは、これを引き取らなければならない〉となっている。つまり飼い犬を連れてきた初老男性や子猫を箱に入れて持ってきた女性が、引き取ってほしいと言うのは法的にまったくまちがったことではないのだ。
 でも、飼い主にも落ち度はある。
 犬や猫を飼ったら最期まで世話をするのは、良識的な飼い主にとってあたりまえのこと。「世話できなくなったから」という理由にもならない理由とともに、行政施設に持ちこむのは誰の目から見てもおかしい。
 しかし、かつての法律はこのことにまったくふれていなかった。
 それを補うために改正法が制定されたのは平成11年12月のことだった。名称も「動物の保護及び管理に関する法律」から、現在の「動物の愛護及び管理に関する法律」に変更された。
 その第7条では、飼い主が動物の種類や習性に応じて適正に飼養をすることを定めている。つまり飼い主は、動物の食事やトイレの世話はもちろん、散歩や運動、快適に休める場所の確保、まわりの人間や動物とうまくやるために必要なしつけ、病気の予防や治療などをする義務があるのだ。
 また第37条には、飼えない子犬や子猫を増やさないように不妊去勢手術などの措置をとらなければならないことが明記された。
 松崎と松本が熊本市動物管理センターに異動してきたのは、法律改正から1年半ほどのことだった。しかし、法律の内容が変わっても、動物行政の現場がかかえる問題がスムーズに改善したわけではない。それどころか、ほとんど変化なしといってもよかった。
「飼っている動物をきちんと世話するのは、飼い主の義務なんですよ」
 松崎が窓口でそういったところで、真剣に耳をかたむける者はほとんどいない。なにしろ飼い主から引き取り依頼があれば、行政がそれに応じるのもまた法律なのだ。せめて同じことが二度とおこらないよう注意をうながすと、飼い主たちは「はい、はい」とその場かぎりの返事とひきかえに厄介払いを完了させて帰っていくのだった。
 そんな無責任な飼い主の尻拭いを誰がするのかというと、ここで働く職員なのだ。
 だからもっと断固とした態度で説得すればいいのかもしれないが、それには気が遠くなるようなエネルギーと時間がかかる。それでも松崎と松本は、窓口を訪れる飼い主たちを説得した。
 しかし、それは誰にでもできる仕事ではない。
「ここで引き取らんなら、どこかに捨てるぞ。役所はそれを認めると?!」
 激しい剣幕に圧倒されて、いわれるままに引き取らざるを得ないケースも多かった。



 迷子動物の数が膨大なのも、松崎と松本を驚かせたことだった。
 自分が生活しているところにこんな世界があったなんて……。ここで働きはじめて数ヶ月は、唖然とすることばかりだった。
 捕獲車に乗せられた動物が、毎日のようにセンターに運ばれてくる。いったいどれだけの数になるのだろうか? これまでのデータを調べてみると、毎年1年間で約500~700頭もの捕獲・保護犬がいることがわかった。
 このセンターに収容された犬は、ある一定期間保護されることになっている。その日数は行政によって多少違いはあるけれど、いずれも丸3日から数日程度しかない。ちなみにこうした迷子犬の扱いは、狂犬病予防法をもとに実施されている。
 狂犬病予防法というのは戦後まもない昭和25年、この国から狂犬病を撲滅することをめざして制定されたもので、動物愛護管理法と同じく平成11年12月に改正され今に至る。ちなみに飼い主が行政に犬の登録申請をするのは、この狂犬病予防法が定めているものだ。
 捕獲・保護犬について該当するのは第6条。
 迷子犬を捕獲した行政は、その情報を2日間公示する。その期間が終わって1日以内に飼い主から連絡や引き取りがないときは、その犬は処分の対象になるというものだ。


熊本市動物管理センターで捕獲される犬のうち、野良犬は少数派でほとんどは飼い犬として世話されていた犬。しかし、飼い主のもとに戻れるのは全体の1割程度しかいない。 飼い主は愛犬のことが心配ではないのか。なぜ捜そうとしないのだろう?
 松崎がこの職場にきて感じた疑問は、仕事をするにつれて少しずつわかってきた。
 主に理由は3つあった。
 ひとつは、飼い主が迷子になったことに気づいていないパターンだ。
 数日前から姿が見えないけれど、そのうち帰ってくるだろう。そう考えているうちに1ヶ月近く経って、行政に問い合わせをしたときはすでに手遅れ。あるいは飼い主が、それを知ることもなく犬が処分されてしまうことも少なくない。
 また捜し方を知らなかったという人も多い。犬や猫がいなくなったとき、すぐに市役所と保健所、警察に問い合わせをすれば手がかりが得られたはずなのに、それを知らないために救えないパターンだ。
 もうひとつは、保健所などに問い合わせをしているのに捜しだせないケースだ。
 狂犬病予防法によって決められている公示というのは、主に市役所の掲示板などで公表されている。その内容はもちろん動物管理センターでも把握していて、市民から問い合わせがあれば、公示資料をもとに犬の特徴や捕獲場所などを伝えることになっていた。
 しかし、それはお世辞にもわかりやすい内容とはいえなかった。



「庭にいた犬が、昨日から見えなくなったとです」
 センター窓口に50代なかばの女性がやってきた。松本はさっそく保護犬の記録を確認した。犬の特徴について訊くと「中型のオスで、白に茶が少し混じった長毛の洋犬系の雑種」だと女性は答えた。しかし、昨日から今日にかけて該当しそうな犬が保護された様子はなかった。
「念のため、犬舎を見てみますか」
 松本の案内で管理棟に入った女性は、フェンスのわきに駆けよった。
「これ、うちのコです!」
 女性が声をかけると、犬は興奮して甘えた声を出しながらブンブンと尻尾を振った。松本が犬舎の鍵をあけると、犬は大喜びで全身を女性にゆだねた。どうやら本当の飼い主らしい。
 ああ、よかった!
 松本にとってこの言葉には二重の意味があった。この犬が家に戻れること、そして自分がこの犬の命を奪わずにすんだことだ。
 ところで少々腑に落ちないのは、この女性が自分の犬を「洋犬系の雑種」といっていたことだ。今ここにいるのは、どこから見ても日本犬系の雑種。いったい、どういうことなのだろう?
 すると犬を撫でていた女性は、思い出したように松本をキッと睨みつけた。
「あなた、さっきなんで“そんな犬はいない”なんて言っとっと?」
「それは、長毛の洋犬と言っておられたからですね……」
「耳と尻尾が、ほら、こんなにフサフサしとる。どこから見ても洋犬でしょ」
 自信満々で断言されたけれど、それでも松本には柴犬系のミックス種にしか見えないのだった。そういえば耳と尻尾、お腹のあたりの毛が少し長いように感じるけれど、毛の密度は薄く“こんなにフサフサ”というほどではない。しかし、この飼い主が愛犬に抱くイメージをまとめると、どうやら長毛の洋犬ということになるらしい。
 これは、どちらが正しいという話ではない。
 つまり言葉の限界なのだ。
 たとえばミニチュアダックスフント、ゴールデンレトリバー、チワワなど犬種がはっきりしていれば少しは判別しやすいだろう。しかしミックス種の犬や猫は個性豊かで、その特徴を言葉だけで表現するのは、そうとう高度な言語能力があっても難しい。なにしろ見る人によって、まったく印象が違うのだから。



 しかし、このとき熊本市で捕獲した犬についての公示内容は、犬の特徴をごく簡単なデータにしたものでしかなかった。捕獲場所や種類、毛色、性別、体格、捕獲時間、推定年齢、首輪の有無が書かれ、その最後「その他」のわずかなスペースに“たれ耳”“耳の先茶色”など個体識別につながる情報が申し訳程度に追加されているだけなのだ。
 たとえば、雑種・茶色・中型・推定年齢3~4歳という犬のデータがある。
 この情報だけを見て、ウチの飼い犬が保護されていると即座にわかる人がいるだろうか。迷子で保護した犬のほとんどを殺処分している事実が、その答えを如実に物語っている。
 それを減らすには、どうしたらいいのだろうか?
 所長の淵邉利夫はこの問題について考え続けていた。
 命を救いたい。そのためには新しいこともどんどん取り入れて、この職場を変えていきたい。
 しかし予算はない。それでも動物保護管理法が、動物愛護管理法に名称変更して内容が改正された。長年続いていた“処分はしかたがない”という、一種のあきらめにも似た常識みたいなものをなんとしても払拭したいと思った。
 そのひとつが飼い主のもとに迷子動物を返すこと、つまり返還率をあげることだった。

 そうだ保護動物の公示書に写真をつけよう!
 淵邉のアイデアは、今では多くの行政で採用されている方法だ。しかし、10年前当時にこの方法を採用しているところは全国でもわずか数件、九州地方の自治体で実施しているところはまだなかった。
 さらに淵邉が考えたのは、保護犬の情報がもっと多くの人の目にふれるためのシステムづくりだった。それにはインターネットの情報発信が不可欠だ。しかし、当時の熊本市役所のホームページに情報をアップさせるためには、内容のチェックや手続きに数日から1週間以上もの時間がかかり、更新は本庁のパソコンからのみという迅速とは程遠いものだった。
 これでは迷子動物の保護期限にとてもまにあわない。
 実用化のためには、手続きの簡略化と更新のスピードアップが必要だ。広報課などとの交渉の結果、掲載手続きが廃止され、センター事務所のパソコンから直接情報更新ができるようになった。同時に「迷い犬を保護しています」というコンテンツが新しく追加された。それ以来、保護当日か遅くても翌朝には情報をアップできるようになったのだ。
 反響は大きかった。
 なにしろ自分の愛犬かどうかは、写真があれば一目瞭然なのだから。
 この取り組みは、地元紙・熊本日日新聞でも大きくとりあげられた。おかげでアクセス数は順調にアップして、前年度は保護数508頭中で返還はたった64頭だったが、写真掲載以降の平成12年度は454頭の保護犬から109頭が飼い主のもとに戻ることができた。
 さらに予想外の効果もあった。
「あの写真が出ていた犬、ウチで世話したいんです」 センターに電話をかけてきたその人は、新聞記事でホームページのことを知ったという。そこで見た写真の犬のことが気になって、毎日インターネットで眺めているうちに情がわいてきてしまった。保護期限の日がきてしまっ

たけれど、飼い主はあらわれたのか。もし飼い主がいないのなら引き取りたい。そんな問い合わせが月に数件入るようになったのだ。
 当時、熊本市では一部の子犬は譲渡していた。しかし、成犬は原則譲渡対象外になっていた。その理由は、保護している犬の数が多すぎてケアをするほどのマンパワーがない、譲渡した犬が問題をおこして住民に迷惑がかかったときに行政として責任がとれないなどいろいろだ。そもそも、これまで成犬を飼いたいという人がめったにいなかったので、成犬のための譲渡基準や条件などは皆無だった。
 しかし、「この犬を飼いたい」という人が目の前にいる以上、命を救うチャンスをみすみす逃す理由はない。例外扱いで譲渡を認める淵邉の方針によって、家庭犬として幸せになる成犬もわずかながらいた。


 殺処分は、毎週火曜日と金曜日におこなわれていた。
 少しずつ努力を重ねていけば、やがては辛いことよりも「よかった」と感じることが多くなっていくはず。松崎も松本も、そう考えながら仕事に取り組んでいた。しかし、殺処分の現場に立ってみると、そんな日がくることなどとても想像できないという気分になるのだった。
 それでも、淵邉にはひとつの目標を形にしたいという想いがあった。
 施設の名前を変更したい。
 現在の動物管理センターという名称から、動物愛護センターに変えるというのが具体的な案だった。管理というのは、迷子犬の捕獲や飼い主に見捨てられた動物の引き取り、殺処分に関連する業務というイメージが強い。一方、愛護というのは命を救うための仕組みを考え、それを実践していく仕事だ。
 今、ここでやっている愛護の仕事は、業務全体から見たら1割程度かそれ以下だろう。

 しかし、いつかはここを動物愛護行政の拠点にしたい。職員が自分の仕事にプライドを持ち、地域の住民にも親しまれる場所にしたい。
 これは、ひとつの決意表明だった。
 淵邉の熱心な申請で、この案は本庁会議を通過した。
 こうして決まった新しい正式名称は、「熊本市動物愛護センター ハローアニマルくまもと市」。職場の名前が変更されたことで、淵邉の方針はより明確になった。
「これからは管理の仕事だけでなく、動物愛護に関する業務も増やしていきたい」
 松崎と松本はじめ、数人の職員はその考えに異論はなかった。
 しかし、一部の職員からは不満の声がもれてきた。
 管理業務だけでも手が足りないのに、さらに仕事が増えるなんて――。
 当時センターで働いていたのは所長と事務職をのぞいて、動物管理の仕事にあたるのは業務担当職員4名と松崎と松本を含めた獣医師4名のあわせて8名だけ。この人数で年間に扱うのは犬が約500頭、猫は1000匹近くもいるのだ。殺処分するだけでも精一杯といっても大げさではない状況で、おまけに予算もほとんどない。
 そんな状況から、動物愛護など不可能という声があがるのはむしろ当然ともいえるのだった。

予算の点では、動物行政があとまわしになっているということもあったけれど、そもそも熊本市はいつも厳しい財政状況を抱えていた。市民も周知していて「熊本市はお金ないからねえ」というのは、地元では世間話でおなじみのフレーズのひとつなのだ。
 それでも、センター業務を管理から愛護へとシフトするために、新しい提案や申請をする必要がある。松崎が日々の仕事のなかで感じたこと、それは動物たちの保護環境を少しでもよくしたいというものだった。
 熊本の夏は暑い。
 南国の陽射しは容赦なく降り注ぎ、少し風があったとしてもそれは熱風にちかい。管理棟の戸口を開け放して風を通そうとするけれど、暑さがやわらぐには程遠い。さらに夜になると、すべての扉を施錠しなければならないので犬舎は蒸し風呂のようになる。犬たちは一日中ハアハアと荒い息をくりかえし、日々衰弱していくのだ。
 松崎は、そんな犬たちが不憫でしかたがなかった。
 あと数日の命なのに、満足に眠ることもできないなんて……!
 犬たちに安眠を与えてやりたい。その一心で松崎は本庁にうったえた。
「管理棟にエアコンをつけてもらえませんか」
 それを聞いた担当職員は、冗談だろうという顔をした。
「人間が働くところにもエアコンが入れられないのに、そんなこと無理だ」
 10年前当時、熊本市では厳しい暑さのなかでも、冷房なしで働かなければならない関連事業所がまだいくつかあり、それは松崎にもよくわかっていた。
 やはり難しいか……。そう思ったけれど、担当者がふともらした言葉だけは聞きながせかった。
「どうせ死ぬ犬だ。エアコンなんて贅沢なものはいらんだろう」
 瞬間、風通しの悪いコンクリートの床のうえに身を横たえながら、暑さにあえぐ犬たちの姿が浮かんだ。
「そうです。もうすぐ死ぬんです! だからこそ必要なんですよ!!」
 いつもは穏やかな松崎が声をあららげたので、担当者は驚いて黙ってしまった。
 しかし、ない袖は振れない。動物たちの環境改善はなかなか進まないのだった。

 ある日、猫を引き取ってほしいとセンターを訪れた女性が、松崎に訊いた。
「ここは動物を殺すところでしょう。これのどこが動物愛護センターなの?」
 冷笑する女性のかたわらには、飼い猫を入れたキャリーケースがあった。松崎は、暗たんたる気持ちになった。こういう人に、いったい何をどのように話せばいいのだろう。
 しかし、ここのどこが愛護センターなのかという疑問は、おそらく多くの熊本市民が感じていることなのだ。自分はこの言葉に傷ついている。それは、やはり変えようのない事実だから。
 そう、松崎は思った。
 今日の午前中にやった仕事。それは主に保護動物を殺すこと。松崎のなかで、ついさっき終えたばかりの作業風景がよみがえった。
 この人の言うとおりだ。ここのどこが愛護センターなのだろう。
 そう思うと、松崎は言葉が出てこなかった。
 焼却炉の煙突から、動物たちの遺体を焼く煙が静かに立ち昇っていた。

<次回につづく>
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by cjl82810 | 2011-07-09 19:34 | 思い | Comments(0)

動物たちと人間の交流を通して、生命のことを考えてみるきっかけにしてほしいと願っています。放置された動物たちのレスキューにも参加しています。2011年9月1日NPO法人設立致しました!岐阜県中津川市で活動中


by NPO法人 命の応援隊
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